マンガ大賞2021の大賞を受賞し、2023年にはアニメ化もされ一躍話題となっているのが、原作山田鐘人先生、作画アベツカサ先生の葬送のフリーレン。簡単にあらすじを紹介すると、舞台は魔王を倒した後の世界で、勇者一行の魔法使い・フリーレンが、勇者・ヒンメルの死に触れ、人を “知る” ために旅に出る物語です。
そんな作品の魅力のひとつとして注目したいのが、葬送のフリーレンに登場するキャラクター達の生き方や考え方です。作品の読者は、キャラクターの生き方に共感をしたり、気付きがあったり、考えさせられるものがあると感じる方も多いはず。
実はそこには、ウェルビーイングを考えるためのきっかけが多く含まれているのです。
ウェルビーイングとは、「身体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが 満たされた状態にある」という概念を指す言葉で、ウェルビーイングであることが人々にとっての「持続的な幸福」といわれています。
今回は葬送のフリーレンに出てくるキャラクター達から、ウェルビーイングの考え方を紐解いていきます。
目次
ウェルビーイングを考え始めた魔法使いフリーレン
人を「知る」とはどういうことでしょうか。
葬送のフリーレンの主人公である魔法使いフリーレン。彼女は千年以上の時を生きる長寿のエルフです。無気力であまり感情の起伏もない彼女は、千年以上の人生の中でたった10年共に旅をしただけの勇者・ヒンメルの死に涙しました。
その長寿故に「どう生きたいか」という考えが停滞していた彼女にとって、勇者ヒンメルの死は彼女が「どう生きていくか」を考え始めるきっかけであり、周りの人々が「どう生きているのか」を知る始まりとなりました。
どう生きたいかとは、自分にとってのウェルビーイングとは何か知ること。
どう生きていくかとは、自分にとってのウェルビーイングを実現させようとすること。
どう生きているのかとは、他人のウェルビーイングを知り尊重すること。
そうして、生まれてから千年以上経ってやっとフリーレンはウェルビーイングを考え始めたのでした。(気付くのに遅さを感じますが、長寿故のその気付きの遅さもストーリーをもり立てるひとつになっているのも作品の見どころです。)
葬送のフリーレンとウェルビーイングの5つの要素
ウェルビーイングを測る指標として有名なものに、ポジティブ心理学を研究するペンシルバニア大学のマーティン・セリグマン教授が提唱する「PERMAの法則」があります。この法則の中では、ウェルビーイングを高めるために大切な5つの要素があるといわれています。
ではこの5つの要素を踏まえながら、葬送のフリーレンのキャラクター達から感じられる要素を探っていきます。
ポジティブな感情
喜び・楽しさといった感情でいられることが幸福だというのはわかりやすい要素の一つです。ただし、このポジティブな感情の要素には、悲しみや悔しさなどを経て得られる前を向いていく原動力や行動力も含まれています。
そしてこの原動力や行動力を起点として、ポジティブな感情と向き合い始めるキャラクターが葬送のフリーレンには多くいます。勇者の死に触れたフリーレン、離別のために成長するしかなかったフェルン、一人で逃げ出した悔しさから逃げなかったシュタルクなど。
キャラクター達の生き方からは、出来事をどのように受け取り、それをどう乗り越え前を向いていくかという考え方が読み取れます。
没入・没頭
何かに夢中になり没頭できることは実は幸せなことだったりします。これは、フリーレンにとっての魔法がよくわかる例でしょう。
フリーレンの趣味は魔法の収集です。どれだけくだらない魔法でも、役に立たなそうな魔法でも、一生懸命に収集しています。生きることに無気力だったフリーレンがその長い人生を自棄にならずにいられたのも、魔法に没頭できていたおかげではないでしょうか。
「私の集めた魔法を褒めてくれた馬鹿がいた。」
このセリフは、何故魔法を集めるのかという弟子のフェルンからの質問にフリーレン答えた、単行本1巻の3話で出てくるセリフです。自分が選び没頭した魔法を褒めてくれる人がいたフリーレンや、自分が魔法を使うと笑顔になってくれる人がいるフェルンのように、
自分が一生懸命になった何かで誰かをポジティブにさせられることも、幸福感に繋がる一因だといえます。
ポジティブな人間関係
人間関係で悩む方が多いことからもいえるように、社会的に身近にいる人々との人間関係が良好であることは非常に重要な要素の一つです。
フリーレン自身があまりポジティブな人間関係を望んでいるようには見えませんが、千年以上生きる彼女にとって勇者一行で旅をした10年間で彼女の人間関係は変わり、そして彼女自身も変わり始めるきっかけとなりました。
ポジティブな人間関係は精神的な安定・安心の側面もありつつ、自分をポジティブに変えていくという効果もあるといえます。
人生の意味
意味とは、自分の人生の目的や役割を自覚し構築することです。
存在意義ともいえますが、自分の存在意義をはっきりと答えられる方は少ないのではないでしょうか。それを深く考えるきっかけとして、葬送のフリーレンのキャラクター達から拾える要素が多くあります。
ネタバレとなるため詳しくはぜひアニメ・漫画を読んでいただきたいですが、主役級のキャラクター以外にも様々なキャラクターの人生が作品の中に溢れています。
平和になった後の時代を考え土台を作った南の勇者、クヴァールの特異な技術を研究しそれを普及させた研究者達、故郷を取り戻すために奮闘するデンケンなど。
特に魅力的なのは、主人公のフリーレンがその意味を「知ろうとしている」側だということです。
「自分の人生の意味」を考えてみるからこそ、フリーレンの旅を見守りたくなるのかもしれません。
成功・達成感
自分から動機付けをした目標に邁進し、それが成功した時の達成感は大きな幸福感をもたらします。さらに幸福感は一時的なものではなく、人生を振り返る際に「自分はこれを成し遂げた」という誇りが持続します。
魔王を倒すという偉業を成し遂げたフリーレン含む勇者一行ですが、偉業を達成し終わった後は、その結果よりも目標を達成をするまでの過程をよく振り返っていました。
魔王を倒してほしいという外発的な理由ではなく、内発的に目標を掲げて成し遂げたからこそ、その目標に至る全ての経験に対してより強い充実感を得られたのではないでしょうか。
達成までの成長過程も含む成功・達成感という要素は、振り返るたびに幸福だと感じられる人生の財産ともいえるでしょう。
持続する幸福という「思い出」
「物より思い出」という言葉があります。
ウェルビーイングの5つの要素の中ではあまり物質的な幸福は重視されず、どちらかというと感情的な幸福が重視されています。
ポジティブな感情、没入・没頭、ポジティブな人間関係、人生の意味、成功・達成感。そのどれをとっても、葬送のフリーレンのキャラクター達は権力や功績ではなく、思い出を重要視していました。
例えば、葬送のフリーレンの世界では銅像がよく出てきます。銅像があることで、銅像の本人やそれにまつわる思い出を思い返すことができるようにと、勇者ヒンメルがフリーレンのために敢えて残していました。
記憶は生きている限り何度も思い馳せることができますが、それと同時にあまりに時が経ちすぎると色褪せていくものです。だからこそ誰かと思い出を語り合ったり、沢山の思い出を作ったり、かけがえのない経験を経て笑えることが、ウェルビーイングでは価値があるといえるでしょう。
勇者がいなくなっても世界は持続していきます。魔王を倒したことで平和になりつつある世界で、社会の在り方も幸せの在り方も変化していきます。
けれども、物の価値は変動しても、大切な思い出の価値は変動しない。
葬送のフリーレンのキャラクター達は、そんなウェルビーイングな幸せの在り方を教えてくれるようでした。
まとめ:幸福の在り方が多様化する社会だからこそ考えたいウェルビーイング
現代では、物質的な幸せが多種多様にあり、刹那的な幸せを気軽に選択できるようになりました。だからこそ、身近にある人との繋がりから生まれるウェルビーイングが疎かになり、本当に自分を幸福にする要素を見落としてしまうのかもしれません。
そしてそれに気付き始め、ウェルビーイングを考える機会が多くなっているからこそ、葬送のフリーレンのキャラクター達の生き方に「はっ」とさせられるのではないでしょうか。
ウェルビーイングを考える入門書として最適な葬送のフリーレン。
最新刊である単行本12巻も発売され、アニメに限らずSNSやWeb記事、ビジネス誌などでも見かけることが多くなった本作。今まで漫画をあまり読まなかった人の間で話題になるほど、キャラクター達が紡ぐ物語や名言の影響力が広まっています。
そんな本作で、あなたが「ちょっといい」と思える幸せの考え方を、ぜひ見つけてみてください。